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22才クリエイターの徒然ブログ
アイドル

Perfumeの下積み時代を知らない人へ。15年応援する古参オタクにインタビューした

アイドル戦国時代と言われたのは今は昔。

アイドル産業は衰退しているとさえ言われる昨今、僕はこれからアイドルが売れるにはどうしていけばいいのだろう、そんな風に考えていました。

そこで今回、Perfumeを15年もの間応援している、いわゆる古参の方にインタビュー致しました。Perfumeはなぜ売れたのか、どんな苦労があったのか。ご覧ください。

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Perfumeを最初に知ったきっかけは?

(仮名)渡辺さん。

Perfumeの東京上京後より応援し、東京ドームまで見届ける。

その後は当時地下アイドルだったももいろクローバーZを応援、その後も様々なアイドルを応援し続ける。北海道在住。

 

ーーPerfumeを知ったきっかけを教えてください。

元々アイドルは好きで、ある時フジテレビが主催の「GIRL POP FACTORY 03」というイベントがあって、BSフジか何かでやっていて、Perfumeが面白いなって。


当時のサイトを発見。出演者にはモーニング娘。等が名を連ねる。

そこに出演していたPerfumeを見て披露していたのが「スウィートドーナッツ」。その曲はPerfumeが上京して、初めて中田ヤスタカさんに書いてもらっていた曲だった。

衣装は今でいう地下アイドルよりも酷い感じだったね。エプロンみたいのに、名前が書かれているワッペンが貼られてるだけ、みたいな。

何だこいつらって思ったけど、でも面白いなって笑

ーーその時代のアイドルってどんな感じだったんですか?

世間的にはモーニング娘。が全盛の時代だった。ライブとかじゃないけど、元々ジュニアアイドルがあった時代があり、中高生くらいの子がイメージビデオとしてDVDを出していた時期もあったね。長澤まさみが13才でやってたんだよ。

Perfumeも地下アイドルだった。初めてのライブはお客さん10人だけだった。

Perfumeが地下アイドルだった」というと驚く方も多いのではないでしょうか?

当時、北海道に住んでいた渡辺さん。初めてPerfumeのイベントに行ったのは、北海道で行われたリリースイベントでした。当時配られていた写真はこちらです。

Perfumeを知って初めてのイベント。そのイベントに参加した渡辺さんが体験したことを聞いていきたいと思います。

 

ーー初めて行ったイベントの話を教えてください

Perfumeを知ってから、サッポロファクトリーという屋内型ショッピングモールがあって、その中でアルバムのリリースイベントがあって、車で6時間かけて行ったよ。北海道は広いからね(笑)

行ってみるとそこに置かれていたのはパイプ椅子30脚。全然埋まってなくて、メンバーが白黒コピーのチラシを配っていたなあ(上記画像参照)。

東京から来たと思われる遠征民(ファン)が4,5人いて、それ以外におばあちゃんと孫みたいな人が1,2組いたぐらいかな。スタッフの呼び込みでなんとなく席は埋まっていたけど。

 

ーーそれって地下アイドルがCDショップでやるイベントみたいな感じですか?

そうだね。楽曲をいくつか披露して特典会に移る。特典会といっても握手会だけど、メンバー1人につき20~30秒ずつ握手して話せるみたいな。

会話の内容は全然覚えてないな。

鳴かず飛ばずの下積み、Perfumeが見つかるまで

Perfumeの初期の活動は、広島時代と東京時代に分けることができます。

広島時代は、ASH(アクターズスクール広島)に所属しながら、ローカルアイドルとして活動し、爆風スランプの「Runner」で一世を風靡したパッパラー河合が作曲に携わっていました。

上京後は、ASHと業務提携しているアミューズに所属し、傘下の新人タレント育成プロジェクト「BEE-HIVE」の一員にもなります。しかしPerfumeは上京した2003年から2006年は、鳴かず飛ばずの結果でした。そして…

 

ーー当時はPerfumeは対バンなどに出演されていたんですか?

対バンはそんなにあったかわからないけど、07年の7月に行われたワンマンライブを代官山ユニットで見た。イープラス先着順のチケットだったから、発売時間が始まってから、エイって感じで買ったら、整理番号10番台だった。

 

ーーそういえば、Twitterは無い時代ですよね?どうやってイベントを知るんですか?

Twitterは無いよ。アミューズがオフィシャルサイトでやるか、2chか個人のWebサイトで知るくらいだね。前年の06年にあったクリスマスワンマンも行きたかったんだけど、平日で会社にも入りたてだったから、休みが取れなかった。

それで代官山であったワンマン「ひこぼし募集中」に行った。ワンマンライブに行くのはこれが初めてなんだけど、その前に川崎クラブチッタであったクラブ系のイベントにPerfumeが出演していて、それにも行ったなあ。

その2日後にも新宿LOFTで3マンがあり、出演していたのはGOATBED、ロマンポルシェ。、Perfume。ロマンポルシェの掟ポルシェさんに呼ばれたって感じだった。

 

ーー今でいうとギュウゾウ(電撃ネットワーク)さんみたいな感じですかね?

かね?他にはプロインタビュアーの吉田豪さん、ライムスター宇多丸さんが目をつけていた感じ。ライブではメンバーが「こんなに来てくれて嬉しいです」というコメントをしてた気がする。

 

ーーライブの後は特典会があるんですか?

ライブでは特典会は無いし、グッズ販売も無かった。当時は特典会って存在が無かった。Tシャツタオルも売らないし、リリイベくらいかな。

だからライブは宣伝みたいなものだよね。特典会っていうのを知ったのはここ1年半前だよ。こういう商売の仕方があるんだなと思った。

 

ーーライブでMIX(コールの一種)とか打つんですか?

無かった。耳に入らなかっただけかもしれないけど。「オイオイ」とかも無いけど、「あーちゃん!」「のっち!」「かしゆかー!」って名前のコールを入れられる曲は用意してた。

ジューシィ・フルーツっていう人たちの「ジェニーはご機嫌ななめ」のカバーをやってた。

 

ーーカバーも披露したりするんですね!

そう、オリジナル曲が少ないからね。でもどうだったかな…(スマホで調べる)。

原宿アストロホール(06年12月)の前にベストアルバムを出してるから、それなりにあったかも。そうそう、ここの事務所は他のアイドルユニットもあったんだけど、ベストアルバムを出したら、事務所から見限られたっていうサインだったんだよね。その後解散してたから。

「思い出づくり、はいさようなら」ってね(笑)

 

ーーでは、Perfumeは一回アミューズから見限られていた、と

そう、この時点で3年経ってたし、相当お金をかけていたからね。例えば有名な人にすごい高い衣装作ってもらってコケたり、ベストアルバムが出て「ああ、ここは終わりか」と。

他には秋葉原のオタクに売ろうという戦略があったのか?、今でも活躍されてる、秋葉原界隈で有名だった桃井はるこさんに作曲してもらった。当時、愛・地球博があって、「暑いから打ち水しよう」という世間の雰囲気があったからそういうコンセプトで。

で出したのが「アキハバラブ」。秋葉原の歩行者天国でチラシ配りとかしながら、水を撒くみたいなイベントをやってたね。だからその頃は迷走してたんだよ。

 

ーー他にPerfumeの行った企画とかありますか?

2006年、Perfumeと一泊二日で旅行して、パジャマでお酌してもらうっていう企画があって、当時としてそこそこ高い値段で。浜名湖で。平日だし行けなかったね。

 

ーー2006年ってことは上京して3年経ってるんですね

3年粘っていたし相当お金かかってると思う。それでも結果が出なくて、ベストアルバムが出た。見限られて捨てられそうなときに、たまたまNHKのオファーがあったんだ。

爆発の2007年。Perfumeが世間に見つかるとき

ーーNHKのオファーですか!

07年、NHKと公共広告機構(現ACジャパン)のリサイクルキャンペーンのCMソングに、「ポリリズム」が起用された。ここで知名度がドンと上がった。ファンも相当増えたんじゃないかな。

その後問い合わせが殺到して、同じ年の8月にサマソニに出演。そのまま前年に事務所に見限られて出されたベストアルバムが、11ヶ月後に突然Amazonランキング1位に。

 

ーーえええ!!!

シングルが9月に出るんだけど、当時はまだ出ていなくて、それを待てない人たちが殺到して、ベストアルバムがあるから買うかってなった。11ヶ月経ってるのに初回盤があるほど売れてなかったからね。そもそも初回盤しか出すつもり無かったから。

 

ーー見限られていたからですね、、

ポリリズムで注目を浴びて、次に誰が出てくるのか。ヴィレヴァン(ヴィレッジヴァンガード)なんですね(笑)。

ヴィレヴァン限定、オリジナルジャケットで「ポリリズム」を販売した。何枚か買ってやると何かが当たるみたいな感じで、その時に初めてCDの複数買いをしたね。そこから勢いが出ていったな。

 

ーーその当時に印象的な出来事なんですね。

「その年の紅白が出れない」というのが印象的だったな。ポリリズムが跳ねて、HEY!HEY!HEY!呼ばれて、カウントダウンジャパン出演ってなったから、紅白は出れるだろうと思ってた。けれど紅白に出れなかった。

そこでアミューズか徳間ジャパンが取っていたと思われる、Zepp Tokyoで年末ワンマンライブが決まった。12月31日。その時本気で遠征したね。往復宿代で7万かかったな(笑)

ライブ後の有志のオタクのみのオフ会もあって、お台場の「笑笑」で20,30人くらいのファンと飲んだ。何の話をしたか全然覚えていないけど、浦和から見に来たっていうサッカー好きの人がいたのは覚えている(笑)

 

ーー今と当時で、ライブをやるのとメディア出演の感覚が違いますね。

Zepp TokyoとHEY!HEY!HEY!が被るって今じゃ無いよね。その後ミュージックステーションに出たり、ファンクラブができたり、レギュラー番組を持ったり、テレビドラマのタイアップとか売れていった。その1年後、08年11月に武道館2daysライブが行われた。

 

ーーその時の感覚ってどうでしたか?

武道館とかもそんなに良い席では無かったけど「やったな!」という気持ちだった。モニターでしか見えなかったね。

 

ーー2列目で見えたアイドルがモニターでしか見えない存在に…

売れるアイドルとは何か、Perfumeの元オタクに聞く

ーーPerfumeはCMというチャンスに恵まれて、売れることができましたが、売れるアイドルの秘訣って何だと思いますか?

売れるの基準が変わってるから何とも言えないよね。事務所的にプラスになるタイミングが売れたという場合もあると思うし。

でも3年はやらないとダメだよね。

 

ーー今のアイドル界についてどう思いますか?

酷い言い方すれば、学生キャバクラだよね。ライブは別として特典会だけで見れば。

何が成功なのか、成功のハードル、境が違うよね。前は大きな企業がたくさんのお金を投資して、どこかでペイできるだろうというタイプ。でも今ってより多様だよね。色んなニッチで個々の趣味に合わせたものが生まれてる。全く違うね。

アイドルというジャンルとしては同じかもしれないけど、ビジネスモデルが全く違うから。

インタビュー後記

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Perfumeの古参ということで、僕は幼い頃からPerfumeをよく聴いていたんですが、こういった現場の話を聴くことができてとても勉強になりました。

今と昔のアイドル界は確かに違うんですが、やはり始めるハードルが下がった分、続けたり、一生やっていくという覚悟の人も少ないように思います。

多様になったことは受け入れつつ、これからは続けるためには、ということも考えていく必要があるのでは無いでしょうか?

今回のインタビューでご協力いただいた渡辺さん(仮名)、ありがとうございました。今後もインタビュー企画を行なっていきたいと思います。特に現在活躍されてる、AKB48、ももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、BiS、BiSHなどの古参の方には、当時の雰囲気を聞きたいなと思います。

是非自分が!という方はこちらのお問い合わせフォームか、TwitterのDMで受け付けております。今後も「売れるアイドルとは?」を考えていきたいと思います。では。

*修正・お詫び(2019.01.04)

・渡辺さんが初めてワンマンに行ったのが代官山UNITであり、Perfumeの初ワンマンは代官山UNITではありませんでした。訂正してお詫び致します。
・Twitter利用についてですが、事実としてはTwitterの日本版がリリースされたのが2008年4月であり、約10年前ということもあり、インタビュイーが正確には記憶していないため「無い」という受け答えになっております。